プロフィール

CHIAKI

Author:CHIAKI
誕生日:1975年1月10日 6時頃
血液型:O型
出身地:北海道
はじめての方へ:「はじめまして」をお読みください

自己紹介:三十路の独身、現在無職。
介護ってほんとに大変です。おかげで「介護ウツ」になり、自分の闘病生活もはじまりました。母は20年7月1日天国へ旅立ちました。





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過去遡り

8月5日日曜午後

手足の暴れるような動きが激しくなってくる。
ここ数日で進んだ脳障害によるものだと思っていた。
体温 38度1分

8月6日月曜朝8時

ヘルパーさん検温 38度5分

9時 ケアマネみかんちゃんから電話
「病院にかかってもらったほうがいいと思うけどY病院は他にかかると憤慨するから・・・Y病院への搬送を手配しましたから。」

Y病院は私が住む市で唯一母の難病のことをわかる医師がいる。
でもその病院は2名の医師でやっており、わかってくれる医師は月曜は休み。

…今にして思えば憤慨するからY病院を経由しなきゃなんて馬鹿な話ないと思うけど。

昨夜よりも手足の暴れが激しく(まるでエクソシスト)なった母をストレッチャーでY病院につれていく。
訪問看護師メイちゃんもついてきてくれる。(月曜は訪問看護の日)

点滴。それからレントゲン。そして肺炎との診断
「今もらってる泌尿器科の薬は飲まないように」と言われ肺炎の薬を出される
血液検査・尿検査なし。あっても即結果がわからないほどの個人病院。

たびたび顔を見にきてくれる隣市(といってもJRで2時間半)の叔母(母の妹)が来てくれた。(具合悪いからではなく、偶然この日。)
メイちゃんとすれ違いでY病院には私と叔母。
(今後ややこしいので「妹叔母」と明記)
肺炎の診断は妹叔母も一緒に聞いた。

補足 肺炎の疑いは前々からあり、CTも取っていて、わずかな曇りのある程度で、この程度なら肺炎とは言えないと別病院で診断をうけている。

家に帰り、父が作っていたカレーを妹叔母と食べる。
父はその時39度にもなっていた母にカレーを食わす。
Y病院から貰った薬を飲ませる。

相変らずの暴れ。そのたびに手を握り、大丈夫だよ大丈夫だよと母をなだめる。

熱をはかってみる。体温計は40度をさすが、暴れているからきっとエラーだね、と妹叔母と話し、流す…

妹叔母が午後1時半 帰る。

いつもなら 朝 昼 晩 とヘルパーか訪問看護が入り昼の清拭・オムツがえがある。でも今日はメイちゃんは朝来てしまったので昼は誰もこない。母のオムツを交換してあげなくちゃ…でもこんなにも足がばたばたしていたら私一人ではかえられない…
ヘルパー事務所Tに電話したら、今来てくれるとのこと。
母を振り返り「今おむつかえにきてくれるから、キレイにしようね…」
そう言ったとき、母の暴れがおさまっていた。
「かあさん?どうしたの?ねてるの?」
なにか…様子がおかしい。
ヘルパー事務所Tは近所にあるので すぐに2人のヘルパーさんがきてくれた。
母の顔を見てすぐ、これはまずいと、ケアマネに連絡してくれた。
救急車を呼びますってことで承諾。

何度名前を呼んでも頬を叩いても反応の無い母と、私は、救急車で市内で一番大きい病院(市立病院)に運ばれる…

救急外来処置室に運ばれた母。
ストレッチャーに乗り出てきた母にぶら下がった尿パック。
なんて色でしょう!
まるでコーヒー牛乳と医師は言った。
医師「こんな色になるまでどうしてほっておいたんですか?!」
私「オムツだからわかりにくかったし…第一、この病院の泌尿器科にかかってるんです!」
医師「そうですか…」

市内で一番大きな病院といってもICUは無い
入院病棟の特別室のような所にはいった
人工呼吸器をつけられ、太ももから中心静脈点滴を受けている。

医師の所見は私一人で聞いた。

血圧が上で40しかないこと
肺炎か腎盂腎炎による敗血症ショック状態であること
急変の可能性があること
…会わせたい人がいるなら早急に会わせるようにとのこと

今JRにまだ乗ってるであろう妹叔母と、千葉に住む妹に携帯でメールする。
家にいる父に電話する。
このときはパニックしていて考えなかったけど、落ち着いたら、どうして父は車もあったし仕事もしていないのに、自分の妻が運ばれるというのに、後を追いかけてきてくれなかったんだろう、と怒りの気持ちがめばえる。家族への所見なんて一緒に聞くもんじゃなかったのか…

妹叔母があちこちに連絡してくれた。ありがたい。
携帯には親戚の電話番号なんて登録されていなかったし
あちこちに電話する余裕もなかったから・・・

しばらくして 父 そしてY病院の診断書を持ったケアマネみかんちゃんが来る。

みかんちゃんは、涙を流す私に、何もできなかったねって言ってくれた

父は…父は… この日から私は父を憎むようになる。

メイちゃんも駆けつけてくれた…
明るいメイちゃんは、「お母さん、まだメソメソするの早いってゆってるよ!」と言った。そして、イチゴポッキーをくれた。

妹叔母も 旦那の車運転でとんぼかえりしてきてくれた。

その日は妹叔母と2人 病室へ泊った…
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経過報告

8月13日 母は意識を取り戻しました。

倒れた原因は 腎盂腎炎による敗血症ショックとのこと

今現在頷いたり首を振ったり笑ったり泣いたり が母にできることで

言葉と 手足の機能を失ってしまいました。

生きているだけいいと思わなくちゃいけないけど

辛いのか毎日大声で泣く母が不憫でなりません。

言葉だけでも戻ってほしいな・・・

入院しました

8月6日午後2時

意識を失い救急車で母は病院に搬送されました。

今現在意識は戻っていなく、危ない状態が続いています。



取り急ぎかきこみまで。

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